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山笠があるけん博多たい!「静の山」と「動く山」を観に行こう!

山笠があるけん博多たい!「静の山」と「動く山」を観に行こう!
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遅い梅雨に入ったと思ったら、毎日重苦しい空ですね。でも、今日からいよいよ博多の街は山笠一色に染まります。

7月1日に飾り山が一般公開となり、静かに「博多祇園山笠」の幕が切って落とされます。飾り山は福岡市内に14カ所。それぞれに人形師が命を吹き込んだ、高さ約10mの豪華で雅な飾り山が登場するのです。

山笠を飾る人形を作るのは、博多人形師。繊細で美しい、躍動感のある人形たちに心奪われる人も多いのではないでしょうか?

しかしながら、博多人形と山笠の人形では、材料も作り方も全然違うそうで、博多人形師全員が山笠飾りを作れる訳ではないと言います。

ちなみに、男衆が担いで走る「舁き山」の人形も、彼らによるもの。こちらは軽い必要があり、紙や竹、布などを使って工夫しているのです。

飾り山は高さがあるので、構図を決めるのに「きれいに見える位置」を想定しています。つまり、飾り山を1番きれいに見るには、そのポイントだということですね。

そのポイントとは、飾り山の高さの分、離れて見ること。

10mの高さなら、10m離れて見るとキレイに見えるということですね。

どこに飾られているかは、こちらのマップを参照してください。

770年の歴史

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770年もの歴史を誇る山笠は、博多の総鎮守、櫛田神社に奉納する神事です。起源は諸説ありますが、鎌倉時代に疫病が流行り、承天寺の開祖が町民に「施餓鬼棚」を担がせ、祈祷水を撒いて町を清めたのが始まりとされています。

当時はなんと、飾り山がそのまま町を走ったと言います。明治5年までが最も高く、16mもあったとされています。

ところが、明治5年、突然明治政府によって山笠禁止令が出されます。封建制を打破する意図だったと言われていますが、1年間山笠を楽しみにがんばっている「山のぼせ」たちが、どれだけ悲しんだことでしょう。

明治8年に1度簡素な山笠が再開されるも翌年にはまた中止、明治16年にやっと本格的に再復興します。しかしながら、これも長くは続かず、明治31年には当時の福岡県知事が山笠行事の中止を提議します。

近代化が進むにつれ、飾り山が電線に引っかかるようになり、電線を切断するなどの事故が多発したのも大きな理由ですが、西洋文化が入ってきた時代、裸に近い男衆の締め込み姿が、野蛮に映ったことも理由に挙げられたということです。

つまり、当時は法被を着ていなかったのですね。

こうして、実際に担ぐ舁き山が現在のように低くなり、装束も水法被を着るようになりました。

長い歴史の中には、山笠存続の危機もあったのですね!

 七つの流れ

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山笠がいよいよ動き出すのは、7月10日の「流舁き(ながれがき)」から。この山を舁くのは、七つの流れに分かれています。

毎年順番で当番山があり、走り出す順番が決まっているのです。

この「流れ」というものの起源も古く、なんと当時の太閤、豊臣秀吉に関係しています。

博多の町は大陸貿易の基地として栄えており、その博多を支配しようと大名たちが争った結果、博多は焼け野原となりました。天正4年(1576年)に薩摩藩の島津義久が博多に火を放って撤退し、それを追いかけ降参させた秀吉が、博多に戻って復興に乗り出したのです。

まず最初に行ったのが区画整理。「太閤町割り」と呼ばれるこの区画整理によって、東は御笠川、西は博多川を境にして、幹線道路を南北に4本、東西に3本走らせ、一区画を「流れ」と呼びました。

これが現在の博多祇園山笠におけるグループの単位である「流れ」の起源となり、現在は、「千代流」「土居流」「恵比須流」「東流」「大黒流」「西流」「中洲流」の七つの流れがあります。

 2019年 山笠のスケジュール

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7月1日から開幕する山笠ですが、詳しいスケジュールを見ていきましょう。メインの「追い山」までにも、順を追って行事があり、段々と士気が高まっていきます。

  •  7月1日(月)飾り山の一般公開、お汐井取り(当番町)
  • 7月9日(火)お汐井取り(全流)
  • 7月10日(水)流舁き
  • 7月11日(木)朝山、他流舁き
  • 7月12日(金)追い山ならし
  • 7月13日(土)集団山見せ
  • 7月14日(日)流舁き
  • 7月15日(祝)追い山

1日から9日までは、飾り山によって街中が山笠モードになっていき、10日にいよいよ山が動き出すと、「山のぼせ」と呼ばれる山笠好きの博多人は、クライマックスの「追い山」に向かって徐々に熱が上がっていきます。

スタートでもある10日の「流舁き」は、それぞれの流が、ホームグラウンドである流の地域を舁いて回ります。今年最初の舁き山で、気合いが漲り、スピードがかなり出ます。見るには、走って追いかけるか、進路を先回りして待つしかありません。見る側も体力勝負ですね。

続いての「朝山」は、早朝5時にスタート、約1時間かけて各流の流域を舁いて回ります。

この朝山は、別名「祝儀山」とも呼ばれ、男衆たちにとっては特別な行事。功績のあった年寄りをもてなしたり、子どもたちが台上がりできる唯一の機会だったりと、おめでたいムードでまさに神々しい雰囲気に。平日の早朝であっても、博多の町に「オイサ」の掛け声が響き渡ります。

続く「他流舁き」は他の流域を舁き入れ、お互いに敬意を表する行事。いろいろな流の舁き山を見たいなら、この時がチャンスです。

 いよいよクライマックス「追い山」へ!

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「追い山」の3日前、「追い山ならし」は所謂リハーサル。本番の追い山に向けての予行演習で、本番さながらに行われます。平日休日関わらず、スタート時間は午後3時59分なので、本番よりも見やすい時間帯です。

見所スポットはたくさんありますが、やはり櫛田入りは大本命。ものすごい混雑で自販機で飲み物を買うにもひと苦労なので、飲み物は持参することをおすすめします。

また、山が走る場所では「勢水(きおいみず)」がじゃんじゃんかけられるため、濡れても平気な服装で行きましょう。ちなみに、この水は、疫病から町を清めた水という起源もあり、今では舁き手を清めるという意味で「清水(きよいみず)」ということもあります。

また、この日は平日であっても交通規制をして街中を山が走るため、車やバスなどは遅れる可能性があります。時間に余裕を見て、移動は地下鉄や電車でしましょう。

さて、盛り上がってきた山笠も、ラストスパートです。13日の「集団山見せ」は、舁き山がただ1度、博多を離れて福岡中心部へ渡る日です。七つの流がすべて揃い、福岡市役所前の桟敷席を目指すのは、勇壮で見応えがあります。この日は著名人などが台上がりするので、見物人で非常に混雑します。

実は、この日の隠れイベントとして人気なのが、集団山見せ終了後の櫛田入り。4つの流が帰る前に櫛田神社に立ち寄るのです。

「追い山ならし」や、「追い山」では櫛田神社の桟敷席は競争率が高くてなかなか手に入りませんが、この日は無料で入れるため、憧れの桟敷席で山を見るチャンスですよ!

14日に「流舁き」で最後の調整、いよいよ15日早朝は「追い山」本番です。この「流舁き」から「追い山」までの12時間、博多の町は得も言われぬ緊張に包まれます。

追い山を見るために一晩中待っている人のために、映画のオールナイトが始まったとも言われるほど、博多の人は追い山を見るために、前日から飲み歩きます。まだ薄暗い午前4時59分、鬨の声とともにボルテージは最高潮に!1番山だけが「祝いめでた」を歌い、櫛田神社の清道を回って博多の町へ飛び出していきます。最終的にタイムを競うのですが、とにかくこの興奮は、間近で味わうと虜になります。

詳しい追い山のコースはこちらで確認して、自分だけのポイントを見つけてみては?

 まとめ

博多の夏の風物詩、博多祇園山笠。働きながら、山を舁く男衆もたくさんいますよ!はたらくぞドットコムは、働く人と企業を繋ぐ架け橋となれるよう、日々努力しています。

 

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